高瀬 奈緒文為著名遊戲《永遠のアセリア》《聖なるかな》等的企劃・劇本・遊戲設計;同時也是《輝光翼戦記 天空のユミナ》的企劃・劇本・遊戲設計、《輝光翼戦記 銀の刻のコロナ》企劃・原案、《剣聖機アルファライド》的世界觀原案・及遊戲原案。
在2月時的《艦これ》活動舉行期間,他發表了對遊戲設計的看法,以及現在玩家對遊戲的態度。在下星期活動開始前,跟大家分享一下。
そこで艦これの話に戻ります。艦これのボス戦などは確かに『運の要素』が一気に高まるところです。ここは逆に言えば『そうであるべき箇所』だと考えています。最近で言うラストダンスを最大限に盛り上げる部分はドラマチックなほうが印象に残り達成感に繋がるのです。 #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
那麼話題回到《艦これ》去吧。《艦これ》的BOSS戰之類的確對『運的要素』一口氣提高了。在這兒相反來說的話就是要以「應該是這樣的地方」來考量。將最近談的「Last Dance(最後一擊)」以最大程度熱烈起來的部份,是類似戲劇性般的殘留印象與達成感聯繫起來。
特に「ボス削り」に成功した直後は成功体験から「もう一度出撃!」というプレイサイクルに見事にハマります。『運の面白さ』をうまく使っているところです。それでもボスが倒せない場合、『編成の見直し』『装備の切り替え』『レベリング』と試行回数だけではない確率上昇が可能です #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
特別是在「Boss削血」成功的一刻,從體驗「成功」而完全沉迷在「再一次出擊!」這種遊戲循環(Play Loop)中。這是出色地運用了「運的有趣性」。即使如此仍不能把Boss擊倒的時候,除了嘗試次數外「編成的檢討」「裝備的更替」「提升等級」等也可以提升成功確率。
特に野戦など『運の要素』が格段に跳ね上がるシステムは、音楽演出+カットイン連打+クリティカル率上昇と盛り上げどころがいっぱいです。ハラハラドキドキのタイミングです。それがボス戦ともなり、最近では「歌」という演出も加わりまさにクライマックスです。 #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
特別是野戰(道中)等「運的要素」會提升數個級數的系統中,音樂演出+Cut-in連發+致命攻擊(Critical)率上昇等令氣氛熾熱起來的情況大量出現。是白熱化與心跳加速的時間點。那些元素在Boss戰中也會出現,最近加上「歌」這種演出簡直是將氣氛推上最高峰﹗
つまりゲームデザインの「めまい」を最大限に発揮しているのが「イベントのボス戦での夜戦」となります。そのため大体ラストは「アホか!?」という敵さんがいらっしゃいます。「これを倒してみやがれ!」という運営からの挑戦状です。 #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
也就是能將遊戲設計的「耀眼」作最大限度發揮出來的,是「活動的Boss戰中的夜戰」。因此大多數最後出現的敵人都會讓玩家說出「白癡啊!?」這樣的配置。是「試試將這個(配置)打倒吧」這樣來自營運的挑戰狀。
これに立ち向かうために試行回数を増やし、全ての要素を見直し、時にはレベリングをし、装備開発をして、勝利確率上昇を狙うわけです。なので試行回数が振り出しにもどるから勝率は一定。というのは構築を変更しないのが前提となります。 #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
為了應付這(挑戰)而增加嘗試次數、將全部的要素重新審視、有時又會去提升船艦的等級、去開發裝備之後,目標是為了令勝利確率上昇。由於勝率是固定的因此要不斷重複嘗試。這說法是在不更變(艦隊的)構築作為前提下才會出現。
それでも、どうしても「最後は運じゃん!」という意見が多数でしょう。そこが艦これのラックマネジメントの限界値です。そうなのです。「最後は運」なのです。0%~80%くらいまで確率を上げたとしても、残り20%は天運。それがあるから『盛り上がる』のです。これは演出です #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
即使如此,無論如何「最後還不是運!」這種意見為數很多吧。那是《艦これ》的運氣管理(Luck Management)的界限值。的確如此。「最後是運」沒錯。即使大約從0%到80%的確率提升,餘下的20%是天運。因為這樣才會「氣氛熾熱起來」的。這是遊戲的演出
「どうしてももうダメだ!ってなった時に駆逐艦の最後の雷撃がクリティカルでボスに飛んで凄まじいダメージを叩き出しクリアした瞬間の恍惚感」これは艦これプレイヤーならば一度は体験しているはずです。これは心理学的に「ギャンブルの絶望からの成功体験の刷り込み」に近いです #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
「無論如何也是不行的了!就在出現這情況時驅逐艦的最後的雷擊打出致命傷害的超厲害傷害值把Boss吹飛並完成(活動)的瞬間的恍惚感」這是《艦これ》玩家的話應該至少會體驗一次的。這與心理學上的「從賭博的絶望中體驗成功的烙印」近似(按: 突然想到這個:)
うおおおおおおお!!!!!甲E5雷巡なしでクリアできたぞおおおおおおお!!!!
プリンツちゃんがカットイン出せなかったときは一瞬諦めかかったけど雷ちゃんがカットインで沈めてくれてS勝利とれた!!!みんながんばれ!!!!! pic.twitter.com/PdbYtVFhqI
喔喔喔喔喔喔!!!!!!! 甲E5沒有雷巡下完成了啊啊啊啊啊啊啊!!!!!Prinz 沒有打出Cut-in時一瞬間放棄了不過雷用Cut-in打沉得到了S勝利!!! 大家努力啊 !!!!!! |
据え置き系のゲームと異なり「勝てる前提」のシステムではなく、ソシャらしい「負ける前提」のシステムなのです。そのため何度も挑むというプレイサイクルが達成感を作り、同時にソーシャルメディアの情報による後押し、確定されている報酬の開示、これらがユーザーを駆り立てるのです #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
與安定/平衡系的遊戲不同,並非以「勝利為前提」的系統、而是類似「以失敗為前提」的系統這樣。因此在多少次也去挑戰這種遊戲循環中製造出達成感、同時由社交媒體的情報中產生的「催促」、已確定報酬的公開等,這些(要素)驅使玩家挑戰
そういうわけで、艦これは「ラックマネジメントゲーム」ではあるけれども、「マネジメント限界値」が存在するゲームと言えます。それがこのゲームのシステムデザインの巧みさです。ラストでハイリカク領域の夜戦で、駆逐たちが活躍するなんてドラマチックじゃないですか #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
正因如此,《艦これ》是為「運氣管理遊戲」的同時,亦可以說是存在「管理界限值」的遊戲。那是這個遊戲的系統設計的巧妙的地方。最後於高危(High Risk)領域的夜戰中,驅逐們變得活躍這不是很戲劇性嗎
この世界観とシステムとキャラの融和こそが艦これの味であり華だと思います。プレイヤーは提督であり、戦う人間ではない。戦うのは艦娘たち。という原点に立ち返ると視点もまた変わってくるのではないでしょうか?というわけで「艦これは、運もゲームと演出のうち」という自分なりの結論です #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
我認為這個世界觀與系統與角色的融和正是《艦これ》的「味道昇華」。玩家是為提督而非戰鬥的人類。戰鬥的是艦娘們。在這樣的原點反過來的話,視點不也是跟著改變嗎? 因此「《艦これ》是運也是遊戲的一同演出」這個是我自己作出的結論
そう言いながらも「ボス倒せねぇよ!!!」とモニタの前で叫ぶ提督がここにもいるわけですw 思う壺ですねw 「運ゲーだから辞めればいいのに……」と言われてもやっちゃう時点でもう立派な艦娘たちに魅入られた提督なんだと思います(笑) #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
雖然是這樣說,但應該也有「打不倒Boss啊!!!」這樣在螢幕前大叫的提督在這兒吧 w 可以想像得到呢 w 「正因為是運Game放棄就好了……」這樣說也好被擊倒了的時點也好,我想也是被出色的艦娘們吸引而成為了提督(笑)
(余談)ただ、艦これは「運ゲー」って罵りながらもプレイを続けているならば、もうプレイサイクルにしっかりはまっているユーザーさんなので、「運ゲー」を多いに楽しみましょう(笑)数々の提督たちとともに>
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
(餘談)不過,罵《艦これ》是「運Game」卻仍繼續玩的話、是已經完全迷上了遊戲循環的用家們的關係,更享受「運GAME」吧(笑) 給眾多的提督們
あ、あと付け加えることがひとつ。現代人は特に子供は、失敗を自己責任になるゲームが嫌いというのが現在のデザインに置いての常識になっています。ヘイトの矛先を運のせいや運営のせい、さらには仲間のせいにします。 #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
呀,還有一點要加上去的。現代人尤其是小孩子們,討厭失敗是自己的責任的遊戲的這種情況,已經成為現在放在設計中常識。將怨恨之矛指向運的錯與營運的錯,甚至是同伴的錯。
そのためブシロードさんのカードゲームデザインは一貫して運がわるかったねと言える仕組みになっています。これはもはやトレンドといって良いでしょう。敗者を作らないで、ヘイトは作り手に向ける。これが逆に離脱率を下げていたりします。昔からのゲーマーにとっては不満かもしれません #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
因此Bushroad的Card Game 設計是一貫以「都是運的錯」的說法成為機制。這幾乎說是趨勢也可以了吧。因為不會出現「敗者」,怨恨就指向了製作者。這相反地令(玩家的)脱離率下降了。不過從以前開始就是(Bushroad的)玩家可能會有不滿。
アニメの主人公が挫折する話は受け入れられず、挫折は仲間がして主人公はほぼ万能に近い。これがトレンドなのとちょっと似ています。ユーザーの逃げ場がどうやら必要な時代みたいです。自己責任は他者には求めるけど自分には適応させないのが現代なのです #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
不接受動畫的主角受到挫折的故事,挫折由同伴承受而主角幾乎萬能。與這樣的趨勢有點相似。就像是用家的逃避地方無論如何也必需存在的時代。自己的責任是由他人承受,不過自己卻不能適應的就是現代。
変なの!って思うかもしれませんが、10年前くらいから、いままでヒットしたゲームを並べてデザインを比較するとそのあたりのプレイヤー嗜好の変化が見えてきたりします。 #艦これ
— 高瀬奈緒文@アセリア本3メロン委託中 (@naofumi_takase) 2015, 2月 15
很奇怪啊!可能你會這樣想,不過大約自10年前開始,直至現在大熱的遊戲並排比較一下設計,在那走向就可以看到玩家嗜好的變化了。